柴田多恵
「そよかぜのように街に出よう」より転載
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 昨年の10月は、オリンピックが開催され、続けてパラリンピックもあって、にぎやかだった。私はこのパラリンピックがどうも好きではない。健常者と同じようなやり方、つまり「競う」という形ではなく、障害者は障害者にふさわしい形でスポーツを楽しむことはできないのだろうかと思うからである。
  そのへんのことはさておき、数か月後の『朝日新聞』の「天声人語」に「マラソンの高橋尚子さんが、国民栄誉賞をもらうのなら、同じようにパラリンピックで活躍した成田さんも表彰されるべきだ」と書かれていた。「ほんまやな」と思うと同時に、オリンピックで活躍した人だけがそうした表彰の対象になることに、何の疑問も感じないでいた自分に気づかされた。本来理不尽なことなのに、そんなもんなんだと受け入れてしまっていることって、意外と多いのではと思った。その後、「天声人語」と同様の世論が高まったのだろうか、成田さんも表彰された。
  誰かが「ええっ?」と言ったら変わるなと思った。

 二年前、私が職業安定所の専門援助部門にいたとき、よく職員さんのこんな言葉を耳にした。「世の中、不景気で、健常者だって就職は厳しいんです。障害者の方はさらに困難な状況です」と。求職のために、窓口に相談に来ている障害者の方も「そうでしょうなあ」と。私もそんなものだろうなと「納得」していた。
  でも、これっておかしくない?   
  景気が悪くなって、求人件数が減っているということは事実だとしても、どうして、健常者の方が先に就職するものだと、決めつけなければならないのだろうか。障害者も「そうでしょうなあ」なんて、うなずいていてはいけない。
  就職は本来、「何ができるか」という能力勝負であるべきだ。「私はこれができます」とアピールしなければいけないのだ。障害の有無のみで、ふるいにかけられてはたまらない。個々の能力を公正に判断してもらいたい。障害をもつがゆえのハンディは、障害者のせいではなく、障害のせいなのだから、いろいろなバックアップの役目を社会が担うべきだ。そこのところも障害者は譲ってはならない。あきらめてはならない。
  こんなことを平気で話される職員もいた。「障害者をほしいという求人はないんですよ」と。よく考えてみると、これもやはりおかしい。
  企業の求人の際の条件は「これこれができる人」「これこれという資格を持っている人」となるのが当然で、「障害者を求む」なんていう求人があるほうがおかしい。障害者を従業員の1,8パーセントは雇わなくてはいけないという法律があるから、その対策としてのみ障害者が雇われるのだとしたら、障害者ではなく、障害が、さらにいえば、障害者手帳が就職するということだ。就職できたと単純に喜んでばかりはいられないと思う。
  能力に合った職場があるのに、障害そのものから来るハンディのために、就職が難しいとされたときにこそ、この法律が障害者の助けになるべきだ。障害を企業の納付金免除の道具として利用されてはたまらない。
障害者の就職が難しいことを深刻に悩まなくてはいけないのは職安だ。職場開拓のできていない自分たちの職務の怠慢を棚に上げて、就職ができにくいことを障害のせいにするのは本末転倒で許せない。障害があるというだけで排除しようとする社会の無理解、そこを突き破るために障害者専門援助という部署はあるのだ。しっかり職場開拓をしていただきたい。「障害者は障害にあまえているからなあー」なんていう言葉もよく聞いたけれど、障害のせいにして甘えているのは、職安だと思う。

いま書いたようなことを私たちのポリオ会で話すことも時々ある。みんな「ほんまやねえ」と言いながら、それで終わってしまう。障害を持った私たちだから気がつく大事なこと、例えば、ある場所に椅子を一つ置いてもらうと靴がはきやすいのに・・・なんて小さなことも、「まあ、私がちょっと我慢すればいいのだから」とか、「言うてもいやな顔をされるだけだし」とかでお茶を濁してしまう。
 私たちも働かなくてはいけないし、日常生活の一つ一つをこなすにもけっこう時間がかかる。結局それに追われて疲れてしまう。気がついた大事なことを誰に伝えることもできず、どこにも働きかけることができず、日は過ぎていくのだと思う。当事者が声を上げるということはとても大変なことなのだ。
 そういう私も、職安で感じていたことを、なんと2年もたってようやく活字にした。

どうせ分かってもらえまいと思っても、言ったらしんどい思いをするだけだと思っても、伝えなくては始まらない。言えば何らかの反応がある。それがたとえ最初はとんちんかんな回答であっても、伝えなくては何も始まらない。何も分かってもらえない。
  10伝えて、10分かってもらえなくても、10伝えて、1分かってもらえて、9は傷つくだけに終わるとしても、粘り強く伝え続けていかなくてはと思う。
  冷静に、しっかりと話をしていこう。障害を持つ私たちだからこそよく見えることは、みんなにとっても大切なことなのだからと、胸を張って、自信をもって。

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