柴田多恵
「そよかぜのように街に出よう」より転載
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「柴田さん、足、だいじょうぶ?」毎月必ず、同じ人から同じ場所でかけられるこの言葉。私はいつも胸にジーンとくるのです。

私は毎月第四水曜日に、知的障害者の人達と一緒に料理を作っています。職安に勤めていたとき知り合った訓練センターのA先生からのお誘いで始めたもので、もう2年ぐらい続いています。 A先生は、働く知的障害者のアフターファイブおよび休日がより充実したものになるようにと、 バスケット、ソフトボール、サッカー、ハイキング、書道などさまざまな活動の場を設けられ、 「フレッシュクラブ」と名前をつけて運営してこられたのです。 私も何度か参加させていただきましたが、職場を訪問した時とはまったく違う彼らの生き生きとした顔を、 そこに発見することができました。彼らが職場で働きつづけられるように支援するためには、 職安から出向いての定期的な定着指導も必要だけれど、それとは別に案外こんな楽しみも彼らの仕事の活力を支えているんだなと、 当然といえば当然なことなのに、えらく感激したことを今もしっかり覚えています。

 私が職安を辞める際に、先生にその旨報告したところ、先生いわく「サービス産業で働く人が増えてきて、 日曜日のフレッシュには参加しづらくなっているから、平日に何かしてくれませんか」と。私としても大歓迎でしたので、 話はとんとん拍子にすすんで「水曜日フレッシュクラブ」というお料理教室になったのです。

第四水曜日の12時半、地下鉄の名谷駅に集合。近くのスーパーで、予定のメニューにあわせて買い物。 どこに何があるか、探すのも一興です。余っても一盛りのトマトを買うほうが得か、2個だけ買うほうが安いかなど、 しばし考えたりもします。そして、皆で近くの福祉センターに行き、いざお料理の始まり、始まりとなります。

 メニューはフランス料理のフルコースといきたいところですが、焼きそば、お好み焼き、冷麺、餃子、カレー、八宝菜などなど、 ありふれたお馴染みの料理を作ります。でも、卵をわったことのない人もいるし、たまねぎってどうするの?という人もいて、 けっこうてんやわんやのうちに料理は進みます。それでも最後には何とか完成し、「いただきます」と声をそろえて、 楽しい会食で締めくくりとなります。

 食事中、好きな野球チームの話やテレビの番組の話に交えて、この一ヶ月の間、 仕事場でどうだったなんて、話も出ます。初めて会った人たちは自己紹介もします。後片付けもしっかりこなし、 「来月、また会おうね」と解散。私は心の中で「元気でね」と祈るような気持ちになりながら、大きく手を振ります。

さて、「だいじょうぶ」の一言は、皆で買い物をしているとき、 M君が毎回同じタイミングでいってくれる言葉なのです。駅からスーパーまでの道を歩きながら、 私の歩き方が頼りなくて気になりはじめ、その場所にきたときに我慢できなくなって、 口に出してくれるわけです。彼の口調からは、私を心配している掛け値なしの本当の気持ちが伝わってきます。

  「ありがとうね。大丈夫だよ」と私は答えます。この瞬間、私は彼のこの言葉を聞きたくて、 毎回この料理教室をしているのかもしれないなと思ったりします。

スーパーやホテルの裏方として、精一杯働いている彼らを、私はえらいなあと思います。 そして、そんな彼らを支えるべく、フレッシュクラブをもう何十年も続けておられるA先生もえらいなあと思います。
 私もおよばずながら、お手伝いできればと思っています。

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